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佛光寺さんの野菜市場通信

第4号 京野菜の原点である「九条ねぎ」

 第3号では京野菜の歴史や種類について述べましたが、今回は京野菜の原点である「九条ねぎ」について述べたいと思います。

 

九条ねぎの起源は奈良時代に遡ります

 九条ねぎは紀元前より中国で栽培されていた原種が朝鮮半島を経て渡来し、古くは「日本書記」にその記述が確認されます。そして浪速から平安建都以前の奈良時代 和同4年(711年)稲荷神社が建立された時にその周辺で栽培され、平安前期の「続・日本後紀」には九条村(現在の南区九条)でネギを栽培したと言う記録があります。
 また、弘法大師が昔、東寺の近くで大蛇に追われて逃げ場を失い、ネギ畑に隠れて難を逃れたと事があり、東寺の五重塔の上には葱坊主がつけられたとも言われます。

 平安時代には栽培方法も書かれた書物もあり、江戸時代には九条から上鳥羽あたりのネギが最高品質とされ古くから京の野菜の横綱として存在していました。

 

上鳥羽・下鳥羽周辺で昔も今も作り続けられてきた歴史ある九条ねぎ

 今では九条界隈では極一部の小さな畑で栽培されるに過ぎませんが、隣接する上鳥羽の畑では、平安の昔より代々作り続けてきた九条ねぎの畑が残ります。その理由は、三方を山に囲まれ扇状地状の京都盆地は、九条・上鳥羽周辺でその栄養分が集まる土地だからです。

 桂川・鴨川が京都の山々の栄養を運び、上鳥羽で蓄積されるのと京都盆地の地下を流れる豊富な伏流水がちょうど南の地で湧き上がったため、野菜の栽培に適した、京野菜の故郷になったのです。

 

実は上鳥羽が京野菜の聖地

 マスコミで京野菜と言えば、上賀茂が有名ですが、実は上鳥羽が歴史や栽培方法からみても京野菜の聖地なのです。九条ねぎと同じくらい古い歴史を有する水菜も上鳥羽が発祥地。自家採種にはじまり、伝統的な栽培が残る貴重な地域なのでです。

九条ねぎ 豆知識(青ねぎが中心の関西と白ねぎが中心の関東)

 

栄養豊富な粘土質の土地で比較的、風の弱い京都盆地が青ねぎの栽培に適しました。

 九条ねぎが上鳥羽で盛んに栽培されるようになった第1の理由は肥えた粘土質の土壌の為、ねぎの白い部分が下に育ちにくく、青い葉の部分が成長しやすい環境と、風で倒されやすい青ネギは風が比較的弱い京都盆地に適した野菜だったからです。

 

関東ローム層の火山灰質の土地と強い風の土地柄が白ねぎの栽培に適しました。

 逆に風の強い関東(上州)では地中に埋めて白い部分を成長させる白ネギが主流。関東ローム層の土質がネギが下に育つ特徴があったのです。下仁田ネギに代表される白いネギが美味しい文化に育ったのです。

 

地域・地方、それぞれの環境や食生活の習慣が、それぞれの土地で様々な食文化が生まれた豊かな国、日本。その味を後世まで伝え残して行きたいものですね!続く(次号は九条ねぎの栽培について)

(文:竹田 勝幸)

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