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平清盛公にゆかりある若一神社に行ってきました!

2016年に御創建850年を迎えます!

大通りの片隅で京を静かに見守る神社

大通りを遮るように立っている大木。なぜこんなところに?
大通りを遮るように立っている大木。なぜこんなところに?
西大路通りには、西大路八条の交差点付近で大きく道が蛇行する場所がありますよね?

蛇行している箇所には、とても大きな木が植わっています。

京都で働くようになって、「あれは何だろう?」と常々疑問に思っていたのですが、まいぷれのお仕事中に地元の方から「あれは平清盛公ゆかりの木やで」と教えていただきました。

どうして大通りのど真ん中に清盛公ゆかりの木が?

というわけで、今回はこの木について、若一(にゃくいち)神社にお話を聞きに行くことに!

そこで出会ったのは、清盛公を研究する宮司さんでした!
若一神社は西大路八条の側にあります。
若一神社は西大路八条の側にあります。
広大な敷地を誇った御殿も、今では石碑に記されているだけ……
広大な敷地を誇った御殿も、今では石碑に記されているだけ……
若一神社は、かつて東は大宮通から西は千本通りあたりまである、広大な敷地を持つ西八条殿の鎮守社でした。

平家全盛期に清盛公が作った西八条殿は、西国街道と山陰道が交わる交通の要所に位置し、人の動きと情報を得るためだったと考えられているそうです。

ですが、平家が都落ちする際に西八条殿は焼き払われてしまい、今では住所の「御所ノ内」という名前ぐらいしか、当時の名残は残っていないそうです。

楠のご神木の秘密

大きな楠のご神木。何世紀にも渡り京都を見守ってきました。
大きな楠のご神木。何世紀にも渡り京都を見守ってきました。
冒頭で清盛公ゆかりの木だと説明したこの楠の大木ですが、実は若一神社さんのご神木なのだそうです。

それも清盛公が太政大臣(今で言う総理大臣)就任の感謝として、自ら植樹したと伝えられており、樹齢は800年を軽く超えてます!

ではなぜ境内ではなく、この位置にあるのかというと、若一神社さんはかつて、今の西大路通のど真ん中に建っていたそうで、市電を通すために社殿をお引越しされたのだとか。

その際、ご神木を切ることになったのですが、いざ手を付けてみると伐採に関わった方に相次いで不幸が……。

「これは清盛公の祟りでは!?」という声が上がり、ご神木には手を出さず、道を蛇行させることになったのだそうです。


清盛公を研究する宮司さん

宮司の中村さんとご神木
宮司の中村さんとご神木
そんな清盛公とゆかりのある若一神社ですが、こちらで宮司を務める中村さんは宮司としてだけでなく、個人として清盛公を愛し、日々研究されているそうです。

取材に伺った際も、清盛公の意外な一面や、現代日本にまで影響を与えた業績など、様々なお話しを聞くことができ、名前ぐらいしか知らなかった清盛公が、一気に身近な存在に感じられました。

境内には清盛公にまつわる物がたくさんあるので、若一神社を訪れる際は、宮司さんにお話を伺うことをオススメします!

取材を終えて

今年で御創建850年を迎える若一神社。

宮司の中村さんに、それに向けての意気込みを聞いてみると、「この節目に携わることが出来て嬉しい。清盛公のように、前に前に攻めていく姿勢を大事にしていきたい」と語っておられました。

実は今回の取材は当初、楠の正体を教えてもらお~、と軽い気持ちで始めました。

なので、平清盛公についてこれほど深く研究されている方に出会い、たくさんお話しする機会を得られるなんて、夢にも思っていなかったので、今回の取材は僕にとってもすごく勉強になりました!

若一神社の中村さん、お忙しいところ本当にありがとうございました!